やっぱり、ゆうぴょんは月曜に
共済病院で詳しく再検査することになりました
すこしでも早く再検査をと思い
個人病院で設備の整ったところを探してみたが
市立病院で仮に出された薬の名前をいうと
個人病院では
院長がきちんと電話口に出てくださって
『その薬の内容と
ご主人の年齢を考えたら
こちらでは、エコーをかけるだけで
後は大きな病院を紹介することになるだけです
今後のことを考えると
お引き受けできません』
と言われてしまいました
病院嫌いのゆうぴょん
結局、昨日に引き続いて
何年ぶりかで
ゆうぴょんの実家に電話をした
義妹が出て(義母は不在)詳細を伝えると
がんばってと言ってくれたの
普通の会話だけれど
そんな普通もありえなかったから
すごく嬉しかった
そのあと、お義母さんから
ゆうぴょん説得の電話をもらい
(お義母さん、泣いていたって・・・)
ゆうぴょんも検査にいくことを承知してくれたのでした
お義母さんから、私を頼る言葉が出たことを聞いて
いまは、まだ、帆を揚げただけの船出だけれど
この災いを
必ず吉に返せるように、返してみせたいと
力が湧いてきました
一緒に暮らしていたとき
お義母さんも義妹も
うまくいかないこと、自分の人生の課題と
向き合う方法がわからなくて
自分に向き合うことが一番怖いから
手近な、自分たちの懐(家)に入ってきた
私を打ちのめすこと
その戦いを、自分の人生との戦いに
摩り替えている、っていつも私は感じていたの
例えば、腹筋を100回やると決めるよね
お義母さんたちの企みの意地悪に
泣いていたがために、うちひしがれて
50回しかやらなかったとする
残り50回やらなかったツケは自分に返ってくる
どんな理由であっても、やらなかったのは
自分、ということ
今では、そんな面影も無い(笑)わたしだけれど
長い間のエアロビ・筋トレ・キックボクシング・マラソンなどの
インスト目指したマニアックなトレーニング生活の32歳くらいまでは
痛いほどそういうことを実感していたから
(だってnamiponは、ジムで、伝説の人(笑)って
呼ばれていたのよん
いまの自分で自慢するのは虚しいがぴょん
夜遅い帰宅に文句を言われれば
早朝にスタジオで
早朝に文句をいわれれば
会社の昼休みに
近所にスタジオを借りて
そうやってずっと積み重ねていた
お義母さんたちは
そうと気づかなかったかもしれないが
私が作り出したそういった余地を
いろんなかたちで奪おうと
無意識に必死だったように思えた
無意識、というのは厄介で
私が輝いていれば
横目でみやり
私が、家を出るころ
余地も仕事もなにもかも投げ捨てるほどに
全てに疲れ果て
ぼろぼろに成り果てた姿をみるほうが
正直、嬉しそうだった
家を出たきっかけになった最後の出来事は
私のパソコンを
留守中に開いていたことが判ったことだった
義妹の子供(姪)のやったことだっていう
ことだったけれど
静かに意見した私に
義母は、居候女!と吐きすてたの
私は完全に打ちのめされて
まさに、今日までといえるくらい
笑っていても、このことから
立ち直れなかった
そんな関係だったから
義妹の、がんばっての言葉が
義母が、私が同居していたとき
よくやってくれていたって
ゆうぴょんに言ってくれたこと
今回の、ゆうぴょんの件で
私を頼ってくれていること
真実、嬉しかった
だから、いま、何かを我慢して
倒れそうなひとは
我慢することをやめられるのなら
止められる道を探して欲しいなって思う
我慢することにがんばるのではなく・・・
我慢の果てには
自分の優しい部分、本来は良いはずのものが
言い訳となりはててしまう結果を受け取り
その先にしか、道はないと思うから
今日の午前中は、ゆうぴょんが心配で
泣き通し
レッスンに行く気力もない・・・
先週もお休みしたので
『今週行かないと、クラスから落とされる気がする』
と、ゆうぴょんに言われ
気を取り直して
遅刻したけど
レッスンに行ったけれども
心ここにあらずで、みんなが下がるところを
私は一人だけ上がったり
バカもいいところ
とにかく、全然、まったくまったくダメな出来
こりゃ、行った(来た)ほうが、落とされるやんと
内心思いまぴた
みんな何かしらを抱えている
でも、家族の病ほど苦しいものは
無いのだってきょう理解った・・・
私って、病気の家族を抱えた仲間のこと
真剣に思っていただろうか
心の一番底では
ライバルがひとり減るくらいに
一瞬でも、考えた自分がいなかったか
HULAが出来る経済状況、家族状況を
当然として、それができないで挫折していくひとを
見下す気持ち、なかっただろうかわずかでも
いろいろなことを考えたの
そんな中で
お義母さんと、義妹のことも考えた
彼女たちが、戦う方向を間違えていたように
私も、彼女たちの矛先から
自分をまもろうと戦っていたことは
方向違いだったのかなって
結局、どちらも同じエゴからでたことで
そこには
alohaがなかった
私は、先に、彼女たちの方向が違うことに
気がついていたのに
自分こそが、気づいていたことに
優越感を持って
誘いのリングにあがってしまい
わたしのほうこそ
彼女たちを
傷つけてしまったのかもしれない
ごめんなさいって
今なら言える
私は
ゆうぴょんも、義母も義妹も
死んでしまえばいいって
何度も思った
どんな辛いことも
命の重みには、かなわないって
今回のことで、この年齢で
気づくのって遅すぎかもしれない
でも、遅すぎたって思いたくない
だって、namiponの家系は皆
果てしない長寿なの(笑)
遅すぎたわって思って生きるには
私の余生は長すぎの予定なの
pe’aを揚げて
皆にalohaの寄せ書きもらって
がんばって一気に
今までのこと、精算すっから(不良風)
優しい風に揺れる帆でありますように・・・









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ストレスとか過労とか一過性のものなら
良いのだけど・・・・。
家族がひとつになるチャンスを神様が
与えてくれたのかも。(*vv)
うちも明日(月曜日)義父が5回目の
開頭手術・・・普通あり得ないことが
あるのだけど、やっぱり自分のダーリンが
なるのとは全然違うもんね。
お互い、がんばろー!
はぴままTはいつも優しいけれど
わたぴは、義父の手術のときは
仕事も絶頂期に忙しいときで
お見舞いに行っても
自分が点滴うたれたいくらい
フヌケテして何の役にも立たなかったの
このコメントを読んだら
そのこと思い出して、反省してまぷ
家族の誰かが病気とか事故とかにあって
その人を世話することは「徳」を積むことに
なるので、自分は病気しないんだって。
常に感謝の心を持って「徳」を積ませてもらおう。(笑)
・・・なんて自分に言ってるの。
無関心な旦那に腹立ちながら・・・(-_-)