2006年12月18日

be BORN again

2006年11月27日_DSC01111.JPG

おかげさまで、ゆうぴょんは先週の金曜に退院しました
大きさも形も、まさに卵というかんじの癌で

本来なら、散っているタイプの癌だけれど
見事に卵形にまとまっていたそうです

4週間は自宅で安静だそうです

嬉しくて、涙が出ました



周りの人は皆、言いました

namiponの好きなフラもさせてくれて
送迎もしてくれて
優しいダンナさんだって

でも、それは、使い方おかしいけれど
氷山の一角(笑)で、一角の部分が輝いていただけです

中傷じゃないのです

とにかく、ここまでも病気が進行していたせいで
彼はあまりの疲労感から、仕事先でも家庭でも
ものすごく辛かったわけです

もちろん、途中でまわりが、病院に行け行けと薦めたのだから
彼は彼の責任で行くべきだったと思います

あれだけ言ったのに、人間ドッグも頑として行かず
これは、遺伝性の症状なので
姑も、義妹も(彼女は同じ病気で通院治療していたのだから)
そのことについて、もっと配慮するべきだったと思うのです
嫁の行動を重箱の隅しているようなことにばかり
人生を費やしてきたから
結局、ここまでにきたのではないかな

ゆうぴょんは
仕事も休みがちでした
namiponも勤めていた会社なので
板ばさみに苦しめられました

物事もすぐ忘れるし、気分にムラがありすぎるし
ある時期から、心底、私は、彼は本当の馬鹿だと思っていました

一緒に暮らし始めてからの半年くらいしか
彼が【甲状腺の病気ではない】状態がなかったことになるのです
病気は、そのまえからもきっと進行していて
ある状態を作るような飽和状態がきたのだと思います

ある日突然、ゆうぴょんは、一気に
ふぬけてしまったのです

最初は冗談かなとか、今までが格好つけて無理していたのかなとか
若年性のアルツハイマーかもとか
堂々巡りでした

それまでは幸せで、それからあとは、ゆうぴょんと
ゆうぴょん家が
私にくれたものは
大きな重い苦労だけだと言い切れる気がするくらいです

その辛酸の詳細は、親友2人しか知らない・・・

口に出せないくらい惨めで出口がなくて
そういう、精神的に地獄みたいな年月でした

生きてこられたのは、フラと友達の存在って言い切れる

現実が重過ぎて、向き合えば辛すぎるので
違う方向を見るようにして、なんとか明るく生きてきました

仕事だって、懸命でした

だから、自分のワガママで他人を陥れる
そういうひとのために、職を離れなければならないことが
私には、悔しかったです

もちろん、甲状腺の病気のひとは沢山いて
全然、まわりに迷惑をかけずにやっている人のほうが多いはずです

でも、ホルモンの働きって
頭で考える以上に恐ろしく、人格もかえてしまうようなところが
あるのだって、今回のことでわかりました

術前の3ヶ月くらい、だんだん薬が効いて
値が良好になるに従い、出会った頃の
ゆうぴょんが戻ってきたからです。

いまは、まったくの
私が好きになった、ゆうぴょんです

狐につままれたみたいです

全部が病気のせいなんて、都合のよい話だけれど
私がそう感じられるのだから、そうなの(笑)

その元凶となった癌を凝視してきました
なんだか、笑ってしまいました
泣き笑いというかんじでした

こんな、くだらないもののおかげで
なんて時間を無駄にしたのかなって

でも、回り道したおかげで得た友人や考え方

出口のないトンネルの暗さを知ったから
同じトンネルの中にいる友人に、寄り添うこともできる

なんだか、すがすがしくて
そうして、えみぽんの一言で
今年最後のトンネルを抜けられて

我が家のお誕生日というかんじなのです

2006年12月14日_DSC01154.JPG
予感があったのか(笑)
心浮かれて、先日、やたら、花を買ってきました

やるぞ〜手(グー)
ニックネーム namipon at 00:36| Comment(1) | 日記
この記事へのコメント
namipon良かったね。ほんとによかったね。
フラで会うときはとっても明るいから
こんなに大変なんておもっていませんでした。
いろいろな事があった今年も
もうすぐおわりだね。
悲しい事は全部今年の中においていって、
新しい年は楽しいことでいっぱいいっぱい
にしようね。
Posted by takachann at 2006年12月19日 18:21
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